ワーキングホリデー

オーストラリア・ワーホリ日誌3 そしてシドニーへ

そしてシドニーへ

前回は出発前の準備のお話でしたが、今回はいよいよオーストラリアへの旅立ちです。
そもそも海外へ行くこと自体が初だった訳ですが、これまた一筋縄ではいかない始まりとなりました。

という訳でこんにちは、スヌスです!
さてさて、今回はどんな珍道中が繰り広げられるんでしょうか?
では参りましょー!

東北大震災直後の出発

前回までの日誌でもちょっと触れましたが、貯金がうまくいかなかったこととブリスベンの洪水の関係で年明け1月の予定だった出発が後ろ倒しになり、出発は結局4月になりました。

その為、3月まで短期の仕事をしてその後出発という計画でいたのですが、その年の3月11日に皆さんご存じの東北大震災が起こります。

当時東京で働いていた私も震災にあい、職場は大パニック。
この世の終わりのように泣き出す同僚もいました。

その後電車が走り出したという知らせを受け帰宅の途についたものの、東京メトロは大混雑。割と近場だった友人宅まで何とかたどり着いた時はもう午前0時をまわった後で、会社で泊まればよかった…とちょっと後悔したものです。

友人宅への道すがら歩いた街は静寂に包まれていて、途中立ち寄ったコンビニはまるで強盗でも入った後かのようにガラガラの状態でした。

曲がった電柱などもそこかしこにあり、これは大変だ…と思ったのを覚えています。

その時のお仕事は旅行関係だったんですが、3月末までの契約だった仕事はすっかり様子が変わってしまい、震災の影響から来るキャンセルの嵐。

お客さんからの予約の担当だった我々何人かは事務処理にまわされることになり、何だかよく分からない内に退職の日が来てしまったなぁという感じでした。

私としてはオーストラリアへ行くことも出発の時期も前年の年末には決めていたことなのでまったくもってそんなことはなかったのですが、出発前後に海外へ避難するの?というようなことを何度か言われたのを覚えています。

いや、そんな身寄りのないところへひとりでいきなり避難しませんわよ…とか思いましたが、あの状況だとそう思う人がいてもおかしくなかったのかなとも思います。

まぁしかしそんな中出発予定日は刻々と迫ってきていたのですが、父から地震のこともあるし航空会社に予定に変更がないか聞いた方がええんやないか?と言われ、なるほど…と予約していたJetstarにピポパと電話してみました。

パイロットが東京に行きたくないという理由で突然の旅程変更

すると予想通り予定変更であるぞ、とのことだったのですが、何かちょっとって言うか、結構違くね?というぐらい変わっており。具体的には下記の変更がありました。

  • 最初の予定: 成田を21時頃出発 → 翌日ケアンズで給油 → そのままシドニーへ(現地時間13時頃着)
  • 変更後: 成田を21時頃出発 → 関空で乗り換えて夜中に改めてオーストラリアへ向けて出発 → ケアンズで給油じゃなくて乗り継ぎ → シドニーへ

てな感じ。

海外自体が初めてだったスヌスにとっては直行便だったはずが乗り継ぎがある感じになってしまったのが一番大きな変更だったのですが(て言うか今考えると値段割引してもらってもよかった気がする)成田から一回関空に行かねばならないというのもはて?って感じでした。

一応理由を聞いたところパイロットが東京は放射能汚染されている可能性があるから行きたくないと言っているとのことで関空へ来てちょうだいとのこと。

いや、解るけど何か余計不安になるわ…って感じでしたがまぁ文句言ってもしょうがないのでワカリマシタとお伝えして素直に電話を切る私。

まぁでも初海外で国際空港2つ一気に行けるんだから何かお得なのかもとかよく解らない前向きな納得の仕方をして、ついに出発の日を迎えます。

出発 -給油だけのはずだったケアンズで乗り換え

出発当日は見送りに来てくれた父と成田空港で夕飯を食べ、ついにこの日が来たんだなぁとしみじみと思いながら日本食を味わいました。

夕飯後にJetstarのカウンターで手続きをし、念のために乗り継ぎのカウンターとかはすぐ見つかるんですかね?とやんわり聞いてみたところ、ケアンズ空港は小さい空港なのですぐに見つかりますよーと笑顔で返ってきたので、おぉ…それなら無問題のはず…と唯一の荷物であるバックパックを預けて手続きを終了。

父との別れを済ませてついにゲートをくぐります。

飛行機は特に問題なく離陸し、そのまま2時間ほどで関空へ到着。日付が変わる頃についにスヌスは日本を飛び立ちます。

夜の闇一面に光る街灯を空から眺めながら、あぁ…もうこの景色を見ることもしばらくないのだな…ていうか次いつ帰るんだろうか?と不思議な気持ちになった旅立ちの夜でした。

その後途中で風にあおられてガチでガタガタ音が鳴るボロい飛行機を初体験し、

 

あれ?到着前に死んだらどうしよ…

 

と若干不安になりましたが、浅い眠りから覚めた頃にはもう広大なオーストラリアへと到着していました。

飛行機の窓から見えたクイーンズランドは一面の森で、わーこれは日本じゃないんだなぁと若干興奮した記憶が今でも鮮明に残っています。

その後、荷物を受け取る前に緊張の初入国審査となります!

入国審査を顔パスするVIPな私

渡航前にインターネットや本で調べて入国審査の時に働きに来たとか言ってはいかん(ワーキングホリデーはあくまでホリデーなので出稼ぎに来た風にとらえられないよう)とか滞在場所を伝えねばならんとか色々とリサーチしてきていたので、おぉ…ついにこの時が来たのか…とパスポート片手に色々と書類も準備して静々と列で待つ私。

そうこうしている内にスヌスの番がまわってきました。
Hi!と現地人と思われる窓口のおっさんに挨拶をしてパスポートをひょいと渡します。
おっさんはというと私の作りたてのブランニューパスポートをパラパラ漫画のようにペラペラーとめくったかと思うと親指を立てて自分の後ろを指さし

“Okay”

と一言。

一瞬

 

え?

 

となったもののひょっとして質問はこの後別の人がするのかしら?
とそのまま進みます。

ところがどっこい入国審査は本当にそれだけだったようで、スヌスはほぼ素通りしてしまったということが後から判り、あんな適当でいいの?という疑問が残りましたが、その後一緒に住むことになったフラットメイトに入国審査のことを聞いたところ、彼は何もしてないのに別室に連れていかれたということだったので

 

人徳ですね

 

っていう結論になりました。
しかしその人徳も長くは続きません。

入国審査のカウンターを過ぎた後、これまた現地人と思われる兄ちゃんが私のバッグを物色中。こんな白昼に堂々と置き引き?と思いきや荷物検査だったようです。

ここでもスヌスの荷物はほぼ素通りだったんですが、その後兄ちゃんが衝撃的な発言をします。

“Are you going to Sydney?”(シドニーに行くのか?)

と聞いてきたので”Yes”と答えるとおもむろに腕時計に目をやる兄ちゃん。すると

“5 minutes. You have to run.”(後5分だ。走れ)

とか言われ

 

え?

 

ってなりつつ焦ってる余裕すらない緊急事態です。
とりあえず”Really? Thanks!”とだけ返して荷物を受け取り、すぐ近くのドアからズダダー!っと駆け出します。

ところが何と…

乗り継ぎ用の国内線のカウンターが見つかりません。

乗り継ぎ用のカウンターがございませんことよ

国内線のカウンターがない

スヌスは割と冷静な方なんですが、この時点で流石にこりゃあヤバいぜぇ…とちょっと焦ってきました。国内線なのでDomesticという記載がどこかにあるはずなんですが、グルっと見回してもどこにもDomesticの文字が見当たりません。

え?空港狭いしカウンターすぐにあるって言ってなかったっけ?とグルグル頭をフル回転させながら四方を見回していたんですが、近くに掃除のオッちゃんを発見したので、オッちゃんに国内線のカウンターがどこか聞いてみました。

すると

“Oh, it’s there”(あぁ、そりゃあっちだよ)

と指さすオッちゃん。

 

え?建物違うんですけど

 

というツッコミを入れる間もなく10kgを超えるバックパックをしょって猛ダッシュです。
外に出るとそこはトロピカル。

暑ッ…!!!
荷物の重さもあって一気に汗だくです。

でもそんな困難もドカドカと乗り越え何とか時間内に別棟のビルまでたどり着きカウンターへ。ところがカウンターの係の人の反応が変です。

何て言ってるか全部は聞き取れませんでしたが”Wait, wait”の一点張りでそのまま待たされ、時計を見るともう時間が来てしまっています。

何かでも私みたいに旅程が変更になった人も多いだろうからひょっとしてみんな来るまで待ってくれてるとかなのかな?としばらく待っていると別のカウンターの爽やかなお兄さんから声をかけられました。

何ですか騒々しい…とそちらへ向かってみるとニコニコと何やら色々だべってきます。要約すると後から来る別の飛行機に乗れよこのスットコドッコイってことみたいです。

そして最後にこれで何か食ってくれと空港で使える$10のお食事券を渡してきました。

 

え…?これで目をつむれと?

 

って感じでしたが、ひとまずシドニー自体には行けるということと、何となくこれが海外なんだなぁと変な納得の仕方をしたのもあり、不思議と腹がたったりはしませんでした。

まだ汗がひいていなかったのでひとまず空港のロビーで休憩でもしようとベンチに腰かけて休んでいたところ、バニーのカチューシャをつけた可愛らしい女の子が歩み寄ってきます。

初めてのイースターを空港で

え?コスプレ?とか思っていたら

“Happy Easter”

と呟き卵型のチョコを私に手渡すと、少女は笑顔でまた別の人のところへ行ってしまいました。そう、4月はイースターなんですよね。最近は日本でもディズニーランドなどで見かけるようになりましたが、今でも日本ではお祝いをしたりする訳ではないですし、馴染みの薄いイベントだと思います。

西洋諸国では割と一般的で結構長期の休みだったりもするので、割と大きなイベントだったりするイースターですが、私も当時は名前ぐらいしか知らなかったのでへーって感じでした。

そしてここでもあぁ…海外に来たんだなぁとしみじみと思ったりしたのでした。

その後、この後のオーストラリア生活でもちょくちょく利用することになるオーストラリアのハンバーガーチェーン:Hungry Jacksで現地での初ご飯を食べ、午後の便でついにシドニーへと向かいます。

ちなみにこのお食事券もそうですが、今回のバタバタは悪いことばかりではなくて、この後乗るシドニー行き飛行機もJetstarの親会社であるカンタス航空の飛行機だった為、LCCではないちょっとグレードの高いものになりましたし、何なら本当は出ないはずだった機内食まで食べれたので運が悪いって訳ではなかったなぁと今は思っています。

シドニーの夜が暮れていく

ただ、予定では昼過ぎにはシドニーに到着してエージェントさんのシドニー支店へお邪魔するはずだったものの、到着は17時過ぎ。その日の訪問は諦めてもう休むことにしました。

初海外のワクワク感も若干ありつつも、予約していたYHAに着いた頃にはそれまでの疲れがどっと出てすぐに眠ってしまいました。

そんな中、オーストラリア最初の夜は静かに更けていったのでした。

さて、出発のお話はここまで。
次回からはオーストラリアでの現地生活のお話になります!

初の海外生活は初めて尽くしで冷や汗もかきつつ、新しい発見に胸踊るものでした。
次回もお楽しみに!

あなたの明日が、きっとまた素敵になりますように。

スヌス